転職先の内定が出て、いざ上司に退職を伝えたら「君がいないと困る」「来期は昇給させるから考え直してほしい」と言われて戸惑う人は少なくありません。退職の場面でいちばん精神的に消耗するのが、この引き止めです。
エン・ジャパンが2017年に実施した企業向け調査では、回答企業の65%が「退職希望者を引き留めたことがある」と答えています。引き止めは珍しい出来事ではなく、ほとんどの人が一度は通る関門と考えておくほうが安全でしょう。
この記事でわかること
- 引き止めが起きる理由と、よくある5つのパターン
- 引き止められにくい退職の切り出し方とタイミング
- パターン別にそのまま使える断り方の例文
- 昇給・昇進を提示された(カウンターオファー)ときの判断基準
- 冬のボーナス後に退職する場合の伝え方と日程の組み方
退職の引き止めが起きる理由とよくある5つのパターン
会社側が引き止める最大の理由は、欠員補充のコストと手間です。中途採用で1人を補充するには、求人広告費や紹介手数料(転職エージェント経由なら理論年収の30〜35%程度が相場と言われています)に加え、採用から戦力化まで数か月かかります。上司個人としても、部下の離職は評価に響くケースがあるため、まずは引き止めに動くのが自然な流れです。
引き止めの言い方はさまざまですが、整理すると次の5パターンにほぼ集約されます。
| パターン | よくある言い方 | 会社側の本音 |
|---|---|---|
| 1. 条件改善型 | 「来期から昇給させる」「希望の部署に異動させる」 | 短期的に人員を確保したい |
| 2. 情に訴える型 | 「育ててきたのに」「チームが困る」 | 罪悪感で判断を鈍らせたい |
| 3. 先延ばし型 | 「繁忙期が終わるまで待ってほしい」 | 後任探しの時間を稼ぎたい |
| 4. 不安をあおる型 | 「今の時期の転職は失敗する」「どこに行っても同じ」 | 自信を揺さぶって翻意させたい |
| 5. 受理しない型 | 「退職届は受け取れない」「聞かなかったことにする」 | 話を保留にして時間切れを狙う |
どのパターンも、あなたの決意が固いかどうかを試しているという点は共通しています。迷いを見せると交渉の余地があると受け取られ、話し合いが何度も続く原因になりかねません。
法律上は退職の申し出から2週間で辞められる
前提として押さえておきたいのが民法627条です。期間の定めのない雇用(正社員の多く)は、退職の申し入れから2週間が経過すれば雇用契約が終了すると定められています。就業規則に「退職は1か月前までに申し出ること」とある場合も、円満退職のためには規則に合わせるのが無難ですが、会社が退職そのものを拒否する権利はありません。
ただし、契約社員など期間の定めがある雇用は「やむを得ない事由」が必要になるなど扱いが異なります。自分の雇用形態は雇用契約書で一度確認しておきましょう。
引き止められにくい退職の切り出し方とタイミング

引き止めの強さは、伝える前の準備で大きく変わります。実際に転職した人の声として多いのは「内定前に相談したら、転職先が決まっていないことを理由に強く慰留された」という失敗です。
伝える前に済ませておく3つの準備
- 内定承諾と入社日の確定:転職先が決まっていない段階で切り出すと「まだ決まっていないなら残れば」と言われやすくなります
- 退職希望日の決定:就業規則の申し出期限と有給休暇の残日数から逆算し、具体的な日付を1つ決めておきます
- 引き継ぎ計画のメモ:担当業務の一覧と引き継ぎ期間の目安を用意しておくと、「後任がいない」という反論に先回りできます
伝える相手・場所・言い方
最初に伝える相手は直属の上司です。同僚や他部署の先輩に先に話すと、上司の耳に人づてで入って関係がこじれる原因になります。場所は会議室など1対1で話せる空間を選び、「ご相談したいことがあるので、15分ほどお時間をいただけますか」とアポイントを取るのが一般的な流れです。
切り出すときは「相談」ではなく「報告」の形にするのがポイントです。「辞めようか迷っていて」と伝えると、引き止めの余地があると受け取られてしまいます。
切り出しの例文:「突然のご報告で申し訳ありません。一身上の都合により、○月○日付で退職させていただきたく、お時間をいただきました。すでに次の勤務先も決まっております。」
パターン別に使える引き止めの断り方と例文

断り方の基本は、感謝を伝える→決意が変わらないことを示す→引き継ぎへの協力を約束するの3ステップです。会社や上司への不満を理由にすると「その不満を解消するから残って」と交渉材料にされるため、退職理由は前向きなものに統一しておくと話がこじれません。
昇給・異動を提示されたとき
「評価していただけるのは本当にありがたいです。ただ、今回の転職は待遇面ではなく、○○の分野に挑戦したいという理由で決めました。すでに入社の意思をお伝えしているため、考えを変えることはできません。」
「チームが困る」と情に訴えられたとき
「ご迷惑をおかけすることは重々承知しております、申し訳ございません。退職日までに業務の手順書を作成し、後任の方への引き継ぎは責任を持って行います。」
「繁忙期が終わるまで待って」と言われたとき
「お気持ちは理解しています。ただ、転職先の入社日がすでに○月○日で確定しているため、退職日を延ばすことは難しい状況です。その代わり、残りの期間で引き継ぎの優先順位を一緒に決めさせてください。」
退職届を受け取ってもらえないとき
何度話しても受理されない場合は、上司のさらに上の上長か人事部に相談するのが次の手段です。それでも進まない場合は、退職届を内容証明郵便で会社に送付する方法もあります。民法上は申し入れから2週間で退職が成立するため、送付日を記録として残しておくと安心でしょう。
精神的な負担が大きく自分で交渉を続けるのが難しい場合は、弁護士や労働組合が運営する退職代行サービスに相談する選択肢も検討する価値があるでしょう。
カウンターオファーを受けるべきか判断する基準

条件改善型の引き止めは「カウンターオファー」と呼ばれます。給与アップや昇進を提示されると心が揺れるのは当然ですが、受け入れた後の結果は思わしくないケースが少なくありません。
人材紹介会社ロバート・ウォルターズ・ジャパンの調査では、転職経験者の61%がカウンターオファーを提示されたものの断った経験があると回答しました。また同社の調査では、カウンターオファーを受け入れた人のうち、12か月以内に退職した人が18%いたという結果も公表されています。
受け入れる前に確認したい4つのチェック項目
| チェック項目 | 確認ポイント |
|---|---|
| 転職を決めた理由が解消されるか | 年収以外の理由(仕事内容・人間関係・働き方)は条件改善で変わらないことが多い |
| 提示条件が書面で出ているか | 口約束の昇給は人事評価の時期に反故にされるリスクがある |
| 社内での立場はどうなるか | 「一度辞めようとした人」として昇進候補から外れる可能性を考える |
| 内定先への影響 | 内定承諾後の辞退は転職先・エージェントとの信頼関係を損なう |
4項目のうち2つ以上が不安なら、カウンターオファーは丁寧に断るほうが後悔は少ないでしょう。転職エージェント経由で内定を得ている場合は、担当のキャリアアドバイザーに相談すると、断り方の言い回しや入社日の調整も含めてサポートしてもらえます。
冬のボーナス後に転職するときの伝え方と日程の組み方
12月の冬季賞与を受け取ってから退職したい人は多く、この時期は引き止めトラブルも増えやすい季節です。気をつけたいのは、支給日の直後に退職を切り出すと「ボーナス目当て」と受け取られ、関係がぎくしゃくしやすい点です。
賞与規定に「支給日に在籍していること」という支給日在籍要件がある会社が多いため、支給日までは在籍しておくのが前提になります。一方、規定によっては査定期間中に退職の意思を示すと減額対象になるケースもあるため、就業規則の賞与条項は事前に確認しておきましょう。
冬ボーナス後退職のモデル日程
| 時期 | やること |
|---|---|
| 10月〜11月 | 転職エージェントに登録・応募・面接 |
| 11月下旬〜12月上旬 | 内定・入社日を2月1日前後で調整 |
| 12月上旬〜中旬 | 冬のボーナス支給日を迎える |
| 12月中旬〜下旬 | 直属の上司へ退職を報告(退職希望日の1〜1.5か月前) |
| 1月 | 引き継ぎ・有給休暇の消化 |
| 1月31日 | 退職 |
| 2月1日 | 新しい職場へ入社 |
支給日から1〜2週間ほど空けて報告し、年末年始の休暇前に話をまとめておくと、年明けの引き継ぎがスムーズに進みます。
転職エージェントに相談して引き止めを乗り切る方法
引き止めを一人で抱え込まないためには、事前の準備と相談先の確保が効果的です。
転職エージェント
転職エージェントを利用している場合、退職交渉の進め方や入社日の調整もサポート範囲に含まれていることがほとんどです。入社日を転職先と確定させておけば、「待ってほしい」という先延ばし型の引き止めにも根拠を持って断れます。
キャリア相談サービス
「本当に辞めてよいのか」と自分の中で迷いが残っている段階なら、転職先を紹介しない中立的なキャリア相談サービスで考えを整理するのも一つの方法です。迷いが整理されていれば、引き止めの場面でも言葉がぶれにくくなります。
退職届・引き継ぎ資料のテンプレート
退職届は白無地の便箋に手書きするのが丁寧とされていますが、会社所定の書式がある場合はそちらを優先しましょう。引き継ぎ資料は、業務名・頻度・手順・関係者・注意点の5項目を表にまとめておくと、後任者にも上司にも伝わりやすくなります。
退職の引き止めに関するよくある質問
Q. 引き止めに応じなかったら、退職金や有給休暇に影響はありますか?
A. 退職金は就業規則や退職金規程に基づいて支払われるもので、引き止めに応じたかどうかで減額されることは通常ありません。有給休暇の取得も労働者の権利のため、退職前に消化できます。
Q. 退職理由は正直に話すべきですか?
A. 不満を正直に伝えると改善を条件に引き止められやすくなります。「新しい分野に挑戦したい」など前向きな理由に絞って伝えるほうが話はまとまりやすいでしょう。
Q. 上司が「聞かなかったことにする」と言って話が進みません
A. メールでも退職の意思と希望日を送っておくと、伝えた記録が残ります。それでも進まなければ、人事部への相談や内容証明郵便での退職届送付を検討しましょう。
Q. 退職を伝えるのは何日前が適切ですか?
A. 法律上は2週間前ですが、引き継ぎを考えると退職希望日の1〜1.5か月前に直属の上司へ伝えるのが一般的です。就業規則の定めも確認しておきましょう。
Q. カウンターオファーを受けて残った場合、後悔する人は多いですか?
A. 調査では、受け入れた後に1年以内で退職した人も一定数います。転職を決めた根本理由が解消されるかを基準に判断するのがおすすめです。
Q. 引き止めがしつこくて精神的につらい場合はどうすればいいですか?
A. 一人で抱え込まず、人事部や社外の相談窓口、労働組合または弁護士が運営する退職代行サービスなどに相談することも検討してください。
次の職場へ気持ちよく進むために
引き止めは、会社があなたを必要としているという評価の裏返しでもあります。だからこそ、感謝を伝えながらも決意はぶらさず、引き継ぎを誠実にやり遂げることが円満退職への近道です。
まだ内定前の段階なら、まずは転職エージェントで入社日まで見据えたスケジュールを組むところから始めましょう。退職を伝える日を逆算で決めておくだけで、引き止めの場面でも落ち着いて対応できるはずです。
※本記事の情報は2026年10月19日時点のものです。退職や賞与の扱いは勤務先の就業規則によって異なるため、必ずご自身の規程をご確認ください。

